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今日も並盛は平和だった。
それは雲雀恭弥の存在に起因することに他ならなかったが、当の雲雀恭弥は今日も今日とて、並盛中学の応接のような雰囲気の事務所のソファで惰眠を貪ってい た。開け放たれた窓からはパタパタと黄色い小さな鳥が飛びこんできて、雲雀の顔に影を落としながら二、三回旋回をして雲雀の肩口に降り立つと、首筋に羽毛 をこすりつけて小さな足を畳んだ。雲雀は全く介さずすぅすぅと健やかな寝息を立てている。ボンゴレをもってしても年齢不詳の彼も、イタリアはシチリア島で ボンゴレ10代目を張る沢田綱吉達と同じだけの年月を重ねていた。学生時代のすっきりとした鼻梁はそのままに鋭利な刃物を思わせる切れ長の眸は底知れない 意志の力を強く湛えて、またその無敵な精神を反映するかのように体躯は厚くなることなく抜き身の日本刀のような凛としたシルエットをしていた。ひとたび、 その両腕にトンファーを握れば向かうところ敵無しの孤高さも全く変わらなかった。
しかし今は、肩口に黄色い鳥を止めて寝入るほどのメルヘンさを醸し出していた。涼しげな目元も安心しきったように、見ようによっては微笑んでいるように満足そうに惰眠を貪っている。
前触れもなくその眸が開いた。
微笑みは消え、不機嫌さに彩られている。いつのまにか手にした携帯電話の着信ボタンを押す。
「暇なの?」
開口一番の挨拶にしては喧嘩を売っているようだった。
『そろそろ暴れたくねーかな?って思って。シチリア来いよ』
「イヤだね。第一にそっちで暴れる理由はないし、第二にあなたはシチリアの人じゃない」
『そう言うと思ってた』
雲雀は心地のいい睡眠を遮られたことと、いつも自分をいなすディーノが憎くてしょうがなかった。今だってそうだ。全て見通しているような口調で電話をかけてくる。
あっけなく会話は終わり携帯をしまっても、目を閉じても、去ってしまった眠気は戻って来ず、雲雀はソファに寝転がったまま天井に反射する揺れる水面を眺めていた。
キャバッローネファミリーの10代目であるディーノは、ボンゴレ10代目跡目争いの側面を持ったボンゴレリング争奪戦で雲雀の家庭教師になってからなにかと世話を焼くようになっていた。ディーノは秀麗な外見ながら、部下がいないと階段一つまともに降りられない究極のボス体質だが、曲がりなりにも大ボンゴレファミリーの同盟グループの中でもボンゴレに匹敵するほどのファミリーをまとめ上げる人物だった。
ボンゴレ10代目の綱吉を弟分として可愛がっているのと同じように現・ボンゴレリングの守護者達を同じように可愛がっていた。その中でも特に雲雀は個人的に家庭教師をしたからなのか、贔屓目に見なくてもなにかと世話を焼いていた。
「恭弥、起きたかー!?」
そのディーノが明るくバーンとドアが開け放つのと、雲雀が両手にトンファーをセッティングするのはほぼ同時だった。


荒い息を吐いて、背中を合わせるように座る二人の姿はいつもの如くボロッボロだった。
まるでトムとジェリーのように逃げ&追い駆け回る。いつしか舞台は並盛中学校に移り、体力の限り闘った今は屋上の給水塔の影で夏の太陽を避けていた。汗は終わることを忘れたように後から後から噴き出す。ディーノのTシャツはすっかり塩を吹いて白くなっていたし、雲雀のシャツも肌が透けるほど濡れていた。
「正直、お前の相手になる奴ぁいねぇだろ?」
「だから?来いと?それこそ意味はないね」
「並盛の秩序を守るのは結構。だけど、恭弥、おまえは自分の性(さが)を捨てられないって」
時間だから行くな、とディーノは立ち上がる。近付いていたヘリコプターは周囲に小さな渦巻きを作り、二人の髪を強く靡かせる。強風の中ですっくと立つディーノを寝転がった雲雀は片目だけで見る。
「シチリアの夏はうまいもんで溢れてるぞ」
「じゃ、持ってきなよ」
「現地で食うからうまいんじゃん。サシミだって向こうで食べるのはうまくない」
確かにディーノは日本に来ると、竹寿司か違う店でも雲雀を連れ回して鮨や刺身を好んで食べていた。
「山本武に捌いてもらえばいい。父親ほどうまくないかもしれないけれど」
「ばかだな、おまえは」
シチリアにいる寿司屋の息子の名前を出せば、ディーノは小さな笑い声を残してヘリに乗り込んだ。


平和だった並盛をいや雲雀を突然、嵐が襲った。
大小問わずマフィアやヤクザやその他、腕に覚えありのならず者が入り込み、昼夜ののべつ幕なしに雲雀に戦いを挑んできた。これ幸いと血の嵐と言うに耐えないものをまき散らし片っ端から締め上げていく中で、“ボンゴレが雲雀に賞金首をかけた”という噂が耳に届いた。
現ボンゴレ当主の沢田綱吉がそんなことをする筈はないと思ったが、へぇと雲雀は蠱惑的な笑みを零した。
「シチリア(ボンゴレ)に行く」

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