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エトゥネーオの怒り

ボンゴレのお膝元であるカターニアの繁華街のど真ん中で起こった出来事はすぐに裏社会は元より表社会にも広まった。
“ドン・ボンゴレが麻薬密輸で逮捕!!”という刺激的な見出しが、ラシチリアの夕刊の一面を飾った。獄寺は綱吉の執務室のテーブルの上に広げられた地方紙からタブロイド紙までを眺めながら、苦々しく舌打ちをする。
――まだ、麻薬密輸も逮捕も確定してねぇし、10代目がされるわけが無い。
いくら穏健派で通り、地元の復興に尽力しているボンゴレ10代目がカターニアの街で歓迎されているとは言え、こういう記事は書かれてしまうものか、と。
執務室はその性質上、ボンゴレ総本部内でもトップランクの完璧な防音と盗聴セキュリティが敷かれていた。床、壁、天井には薄い鉛の板が挟まれ、盗聴妨害電波も常時流されていた。
主のいない執務室から続く部屋は楕円形の樫の大テーブルがあり、周りを人数分だけの椅子が囲んでいる。そこには雲雀と了平を除く守護者、獄寺、山本、ランボ、骸、クロームの五名と、帰宅した財務・法務室室長以外の三名の室長とリボーンの計九名が座っていた。昼下がりに当局に拘束された綱吉は弁護士のみ面会を赦されて、カターニア警察・ネシーマ署の留置場に身柄を拘束されていた。
既に秘書室、危機管理室総出で世界中に広がるファミリーへの連絡と原因究明の準備に当たっているが今のところ進展は無く、ただ電話とメールが津波のように押し寄せるだけだった。
「原因は調査中だが、了平の件と関係がある筈だ」
リボーンは普段と何ら変わりがない素振りだった。ただ、流石に落ち着かないようでしきりと歩き回っている。
「了平の弁護士とも連絡をとったが、アメリカ連邦検事局(FBI)、アメリカ麻薬捜査局(DEA)からの回答待ち、という状況は変わらない」
プロボクサーである了平は抜き打ちのドーピング検査を受ける義務がある。栄養補給のサプリメントすら摂らない了平から陽性反応がでるわけがないが同じジムの選手数名から陽性反応が出た。アメリカ国内で未承認の、アドレナリンを異常放出する違法薬物だった。再検査の為にジムは仮閉鎖され了平も試合を自粛していたが、今度は再検査を受けた了平から陽性反応が出た上に、ボンゴレファミリーの幹部だとゴシップ誌に抜かれてしまった。先に陽性反応が出た原因の薬物を違法に密輸入した疑いで拘束されていた。その隙の無さに何者かの悪意を感じ、了平のマネージャー及び現地のロサンゼルスブランチのファミリー達が了平逮捕の裏をとるために遁走していた。
その調査に人数を割き、捜査の幅を広げ始めた矢先に、今度は綱吉が拘束されたのだ。
リボーンはテーブルに両手をつき、全員の目を覗き込むようにはっきりとした口調で話し、指を三本たてた。
「俺達が早急にしなければならないことは三つ。ボスが戻ってくるまでの代理をたてること、ボスと了平の原因追及と救出、そして――早かったな」
ノックが響き十人目の人物がドアを開ける。
リボーンは言葉を止め、芝居がかった嘲笑を浮かべて男を見遣った。一瞬にして種類の違う緊張が走る。
現れたのは沢田家光。
ボンゴレ10代目の父親にして、ボンゴレ門外顧問。普段の家光は工事現場の労働者の格好で豪放磊落に笑っている男だった。真実を語らず、いいかげんさを滲ませる言動に綱吉は昔から苛立ちを隠さなかったが、窮地に陥るほどその剛胆な気質は場の緊張を解き勝利へと導いていた。ボンゴレの血を引きながら、その能力は彼ではなく息子に顕現したが、“その能力”がなくても“ボンゴレの若獅子”の異名を持つほどの実力を携えていたが為に、長らくボスに次ぐボンゴレのNo.2の地位と権限を持っていた。綱吉がボンゴレ10代目として就任した際、本人からは門外顧問辞退の意が上がったが、「適任者は他にいないし、全部9代目から引き継ぐよ」という綱吉の判断と9代目の了承の元、そのまま10代目の門外顧問としてスライドした。
その家光が現れた理由を察した獄寺はギリと奥歯を噛みしめる。普通に考えればトップが不在の場合、No.2として家光が出てくることは予想されたのに今まで思いつきもしなかった。それほど、自分は我を忘れていたことに更にショックを受ける。
現れた家光は、切れそうなほど糊の効いたホワイトシャツに黒のネクタイを締め、厚い胸板が映える堂々とした体躯にブラックスーツを纏っていた。常に緩くほどけていた口元はキリと結ばれ、どっしりとした存在感と不必要なほどの威圧感を獄寺達守護者に与え、出会った時から守護者達(彼らの)の父のように存在していた親しみやすさは露と消えていた。
リボーンは家光へと場所を譲る。
見知った九名を順々に眺めた家光は、一息ついて重々しく口を開いた。
「――ボンゴレ門外顧問の沢田家光だ。ボンゴレ当主である沢田綱吉が当局に拘束されて任務遂行が不可能になった為、ドン・ボンゴレ代行の責務を負うと共に当主の行動について調査をし、結果次第では次期のボス候補の選定に入る」
リボーンの課題は一つ解決した。この時点からボンゴレのボスは家光が代行することになった。
「ちょっと待って下さい」
獄寺はもう我慢ができず、軽く上げた右手で発言を乞う。
「獄寺」
「10代目が密輸を、それも麻薬なんて指示されるわけが無いです。こちらがそういう意図では誰が10代目の容疑を晴らすんですか?」
「勘違いするな獄寺。火種がないところには煙は立たないものだ。清廉潔白であれ、というのでは無い。10代目がそういう疑いをかけられる行動をしたことが問題だ。マフィアと言えども社会の法律は曲げられない」
冷静であれば予想できた範疇の言葉に頭に一気に血が上る。
「貴方は実の息子をむざむざと放置するんですか!?」
「獄寺」
山本が獄寺の袖を掴んで座らせるように促すが、獄寺は家光を睨んだままその手を振り払う。
「触んな!ボンゴレは、こんな簡単に10代目を見放すような、そんなファミリーじゃねぇ」
「その通りだ。何千ものファミリーを護るために、ボス一人の犠牲ですむならその一人を切ることも、切られることも道理だろう?」
家光とは思えない言葉だった。獄寺だけではなく、山本とランボの頭は真っ白になるほどの衝撃を受けた。特に獄寺は見えない刀で心が切られたようで、山本に引っ張られ腰を下ろしたが、どう呼吸していいのかわからないぐらい頭が混乱していた。
「これから私がボンゴレの指揮をとる。ケルビス、ガビーノ、ドメーニコ、君達は10代目不在の影響を抑えるための策を弄してくれ。今日の夜のニュースで流れるだろう。株価下落に対しての対策を今日中に私に報告を。自宅で待機しているセレリア室長にも伝えておいてくれ」
三名の室長を退席させ、守護者だけが残った。
「晴の守護者が逮捕され、雲の守護者は行方不明。同盟ファミリーからの問い合わせが殺到しているがこちらは門外顧問チーム(CEDEF)と秘書室で対応する。ランボ」
「は、はい」
こういう場面で声をかけられることの少ないランボは思わず舌を噛みそうになりながら背筋を伸ばす。
「悪いがこういう状態だ。ボヴィーノにはしばらく戻れないと覚悟していてくれ。獄寺、山本、骸、クロームお前らも本部で待機。骸、柿本達を本部から出ないよう指示してくれ。――リボーン?」
窓際で座ることなく腕を組んでいたリボーンはボルサリーノの陰から家光を見る。
「お前さんの言っていた“俺達のしなければならない事”、あと一つはなんだ?」
聞こえている筈のない会話だったが、それを指摘する余裕は誰にも無かった。
「指示しておいてよく言う」
「意見が合ったな」
家光は笑みを作るが、見慣れたそれでは無かった。強いて言うならば肉食獣のそれも百獣の王と呼ばれる獅子を彷彿させる重い笑み。
「10代目の携帯はオレが引き継ぐ。連絡は密に頼む」
家光の言葉にリボーンは預かっていた綱吉の携帯電話をテーブルに置き、その隣にコトリと大空のリングが置いた。
これまで平静を保っていた骸だったが、リングを外した綱吉の覚悟を認め、一気に胸が重くなった。
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